学校跡地を活用した多文化共生のまちづくりに挑戦する。
NPO法人クロスベイス
代表理事 宋悟
■ NPOと企業の共同事業体による多文化共生のまちづくりへ
2022年の新年を迎えた。早いものでクロスベイスが大阪コリアタウン(御幸通商店街)で発足してから今年4月で5年目を迎える。この間地域の支援者や学校・行政などの公的機関とのつながりに支えられ、学習サポート教室DO-YA、体験活動DO/CO、多文化共生のまちづくりなどの活動に取り組んできた。今年度も学習支援活動では、8か国にルーツを持つ子どもたち40名以上を試行錯誤しながら継続サポートしている。
この間困難や生きづらさを抱える子どもたちや保護者の「居場所」として子どもたちが自らの人生の選択肢を切り拓いていけるよう、微力ながら地域で役割を担ってきた。今年は、こうしたクロスベイスの活動にとっても大きな転換点となりそうだ。大阪市生野区において今年(2022年)4月からNPOと企業の共同事業体が運営主体となり、20年間の長期にわたり学校跡地を活用した多文化共生のまちづくりの取り組みが本格的に始まるからだ。
■ 生野区のまちづくりの現住所-「飛躍」に向けた「カオス」状況
生野区は区民の5人に1人以上(21.75%)が外国籍住民であり、その比率は全国自治体の中で最も高い(2021年1月現在)。朝鮮植民地支配の結果、日本への渡航を余儀なくされた在日コリアンの集住地域であることに加えて、近年は60か国以上の外国ルーツを持つ人々が地域で暮らす多国籍・多文化のまちに変貌してきている。子どもの貧困化も進んでおり、就学援助率は全国平均の2倍以上に上る。また区内の5軒に1軒が空き家状況という、近未来の日本の都市部の社会課題が集約する「課題先進エリア」でもある。
一方で、社会課題に取り組むNPO法人は50団体以上あり、そのネットワークである生野区NPO連絡会には25団体が加盟し、地域に根差して活発に活動を展開している。地縁団体も含めて市民セクターの潜在力はとても高いといえる。市民自らが衰退するまちの状況をこのまま放っておけずに、まるで、じわじわ滲み出すかのようにまちづくりに参加しだしている感がある。
また同区の西部地域には、年間200万人以上の来街者が訪れ、大阪有数の集客力を誇る商店街である大阪コリアタウン(御幸通商店街)も存在感を増している。来街者の8割が女性であり、30歳代までの若い世代が半数を超える中で、土日ともなれば商店街全体が揺れるほどの活況を呈している。昨年12月には、長年の懸案としてあったコリアタウン内で3つに分かれていた任意団体の商店会が正式に統合され、一般社団法人大阪コリアタウンとして再出発することになった。
商店街内の店舗会員間の親睦や環境整備にとどまらず、地域社会との戦略的な連携・協力を視野に入れ、地域の活性化に寄与することも法人目的に付加された。既存のコリアタウン内にある各店舗が目先の経済的利益ではなく、広がる路地や近隣の地域商圏にまでネットワークを広げることで、まち全体を活性化しようとする戦略的な意図がある。今後の展開が注目される。
いま生野区は、未来のまちづくりに向けてプラス要因とマイナス要因が入り乱れる、まさに「カオス」状況といえるかもしれない。生野区のまちの将来を占う意味で興味深い調査がある。「区政に関する区民アンケート調査 結果報告書」(生野区役所/2021年3月)によれば、区民自らが住みたいと感じる魅力あるまちだと思う理由のベスト3は、第1は住みやすい・生活しやすい、第2は外国人と共存できている、第3は買い物が便利・物価が安い、こと。逆に魅力があると思わない理由のベスト3は、第1はイメージが悪い、第2は治安が悪い、第3は外国人が多いのが不安、ということだ。
全国には1700以上の地方自治体があるが、そこに暮らす人々自らがまちの魅力について「思う・思わない」理由の双方に在日外国人問題を挙げるのは生野区ぐらいだろう。換言すれば、多文化共生のまちづくりがうまく進展すれば、住民の満足度は高まり不安は減少し、住民のまちに対する自尊感情は高まるに違いない。
今後中長期的に見れば、全国で地域の学校や就労現場で外国人の存在はますます高まるだろう。日本政府は事実上在留期限をなくし、家族滞在も認める方向で在留資格「特定技能2号」を拡大する措置を検討しているとも報じられている。いまクロスベイスで、「生野・日本語指導が必要な子どもたちの白書(仮称)」づくりに取り組んでいるが、ある校長先生がつぶやいた言葉が印象的だ。「(このまま制度が整備されない中)外国ルーツの子どもたちが学校現場に増え続けることを考えるとゾッとする」と。
何事もそうであるように、成長するのも衰退するのも、ある時点で「飛躍」があるものだ。はたして10年後に生野のまちは、生き生きと成長している姿を見せるのか、とろとろと力なく衰微している姿を見せるのか。「いま」がその判断と行動の分水嶺のように見える。
■ 「いくのコーライブズパーク」が目指すこと
いま生野区では少子高齢化の急速な進展を背景に、地元の12小学校・5中学校を4小学校・4中学校に統合再編する「生野区西部地域学校再編整備計画」が推し進められている。今回の舞台はコリアタウンに近接する旧御幸森小学校で、小学校再編計画の最初のケースだ。昨年3月に閉校になった同校の跡地活用をめぐる公募型のプロポーザルが9月に行われた。多文化共生のまちづくりのプラットホームである地元のNPO法人IKUNO・多文化ふらっと(略称:「多文化ふらっと」)と、「食を通じたまちづくり」をビションに掲げる株式会社RETOWNの共同事業体が民間事業者として選定された。クロスベイスは、「多文化ふらっと」の実質事務局を担っている。
「大阪市生野区における多文化共生のまちづくり拠点の構築を通じて、誰もが暮らしやすい全国NO.1のグローバルタウンを創る」ことを跡地の全体ビジョンに掲げた。跡地施設の名称は「いくのコーライブズパーク」(略称:「いくのパーク」)と名付けた。コー(CO)は「ともに」生きていくこと、ライブズ(LIVES)は尊厳を持つ「人」であること、パーク(PARK)は開かれた「場所」であること、という意味だ。この施設の中核的価値を日々胸に刻むために施設名称にした。
共同事業体を組む株式会社RETOWNとは1年以上にわたって真摯に議論を積み重ねてきた。
ある会議での松本篤・RETOWN代表の言葉に腹落ちする。「RETOWNはリスクテイカーだ。まちづくりを評論する有識者は数多くいるが、自らリスクを取って汗をかく事業者は少ない。現実を受け入れつつ変化を楽しみながら、ともに地域に貢献していきたい」。企業としてのスピード感をもつ一方で、堅実でパブリックマインドを持つ信頼できるパートナーだ。
「いくのパーク」では、災害・避難所機能、地域コミュニティ機能、多文化・多世代、新しい学び機能の3分野において、9事業の33活動が企画・構想されている。運動場の3分の1ほどは芝生化し、BBQ広場もつくられ、文字通り「公園」として市民に開かれる。「いくのパーク」内には、多文化ソーシャルワーク実践の拠点として「IKUNO・多文化共生センター」を設立・運営する。また困難を抱える子どもたちの学習サポート教室や地元保育園による「一時預かり事業」も開設される一方で、K-POPダンススクールやプロバスケット選手が参画するバスケットスクールなども開校予定だ。食の職人を短期間で育成する「飲食人大学」や障がい者が働くイタリアレストランもつくられる。財源は初期投資・維持管理費をはじめ、すべて共同事業体の自主財源だ。それどころか大阪市に賃貸料も支払うことになっている。「多文化ふらっと」もRETOENも事務所や本社を「いくのパーク」に移転する。課題も山積みだが、私たちも「変化を楽しみながら、地域に貢献したい」と考えている。
■ 多文化共生のまちづくり拠点を構築する理由
私たちがリスクを引き受けて学校跡地に多文化共生のまちづくり拠点を構築する理由は、多文化共生に関わる抽象的な「理念」のためではない。個人と環境の相互作用が生み出す矛盾は常に具体的だ。日本全体で日本語指導が必要な外国籍高校生は日本の高校生の高校中退率の7倍を上回る。学習支援をしている子どもたちの中には、いろいろな事情を抱えながら人一倍頑張っている子どもたちも多い。難民申請中の仮放免で、いつ強制送還されるかもしれない不安の中で、地元の公立学校に通っている中学生がいる。タイと日本のダブルルーツの子どもは両親の離婚により、いまは一人で懸命に仕事をして、真面目に通信制高校に通い、日々生活している。教育、福祉、医療などの生活課題を抱えて立ち尽くす、日本語が不自由な外国ルーツのひとり親がいる。誰もが生まれながらに安心して、自信をもって、自由に生きる普遍的な権利を持っている。これは「好き嫌い」のレベルでもなく、ましてや「生産性」や「効率」の問題でもなく、一人ひとりの基本的人権の問題だ。国籍や民族などの出自の違いや家庭環境の格差が、人生の選択肢を狭めることにつながってはならない。
マジョリティ側の日本社会にとっても、こうしたマイノリティの存在は得難い存在なのだ。これからの時代は予測可能な目標を単独で直線的に解決していく時代ではない。予測不可能な目標をさまざまな職種やセクターの横断的で共創的な取り組みを通じて、試行錯誤を経ながら解決に向かう時代である。未来に必要とされる新しい価値や社会的仕組みは、同質性の中からではなく、多様性の中から生み出されるのだ。多様性とはバラバラであるということだから、そこには「自由の相互承認」のための摩擦や葛藤が必然的に生まれてくる。多様性は「遠心力」を生み出す側面を持っているが、とくに閉塞した社会の課題解決にとっては必要不可欠な要素だ。「異見」や「異質な他者」との葛藤や摩擦を抱え込む多様性こそが、社会課題の解決に向けたイノベーションの源泉にほかならないからだ。
リスクを引き受けて挑戦する市民セクターの力量が試されている。グローバル化と国家は、反発し合いながらも情報通信技術や資本主義の発展によりもたらされる「均質化」を本質としているために「異物」を排除しがちだ。逆に言えば、ローカリズムの井戸をどんどん掘り進めていくことによって、グローバル化と国家の「宿痾」を規制していくことにつながるかもしれない。
大阪市生野区という地域にこだわり、地道だけれどもさまざまな活動に取り組み、その経験知を集積していくことが、時代が直面する「分断」「格差」「紛争」などの最先端の問題の解決に向けたひとつの手がかりにつながるかもしれない。私たちは、過度な「自己責任」の風潮や「排外主義」の大波に抗する、地域における「共生のとりで」を構築したい。私たちは寛容で多様性があふれる地域社会、「誰一人取り残さない」多文化共生のまちづくりに挑戦する。