学習サポート教室DO-YA講師のリレーコラム
第2回 中村友哉さん(近畿大学 総合社会学部総合社会学科 社会・マスメディア専攻 4回生)
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クロスベイスの学習サポート教室DO-YAでは、現在15名の大学生や社会人の方に、講師として関わってもらっています。
最も子どもと近いところで日々勉強を一緒に見たり、根気よく話を聞いている講師の皆さんに、クロスベイスは支えられています。
講師からみたクロスベイスやDO-YAの様子を、講師自身が執筆するコラムの形でお届けします。
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自転車にまたがって
中村友哉
「あー、今日も楽しかったなあ」
この感想をバカのひとつ覚えのように、ほぼ毎回クロスベイスの授業後に抱く。忖度では無いことを、あらかじめ誤解なく理解していただきたい。一人暮らしの自宅から自転車で片道30分の距離を走っている。大抵は鼻歌を歌っており、調子の良いときは立ちこぎなんかまでしている。「あ、あいつ今日もルンルン♪で帰るんだろうな」と思っていただいて結構です。全くその通りですので。そんなアホ丸出しの私の自己紹介と、私がクロスベイスで感じていることを記す。
地元は徳島県の田舎町にある。市内から車で2時間、最寄りのコンビニまで15分。夏の夜はカエルの大合唱が鳴り響くような場所だ。小中高は野球が生活の中心にあった。日が暮れるまで練習があり、どんぶり茶碗に山盛りの米を食べ、そして寝る毎日。当然勉強なんてものは見て見ぬふりをする。
中学2年で親と「お前この英語はさすがにやばいんとちゃうか?」という話になり、塾に通い出した。すると魔法がかかったように成績がぐんぐん上昇し、中3の定期テストの英語でなんと100点が取れてしまった。そのときの塾の先生の喜びようは今でもはっきり思い出せる。奇声を発する、写真に収める、肩はドンドン叩かれる。思春期真っ只中の私は「どうってことないよ」とかっこつけていたが、内心は先生が喜んでくれて嬉しかった。テストで良い点が取れて良かったと、このときに思った。
高校に入ると、勉強は見て見ぬふりが再開した。田舎者が集う寮に入り、野球の練習が終わった夜は友人とゲームをする日々が長らく続く。高校3年の夏、進学先を考えなければならなくなった。中学の時読んでいた野球の雑誌のことが忘れられず、雑誌やメディアについて学ぼうと思い志望校を決めた。決めたものの、成績は当然地の底に落ちている。親からは「もっかい塾入った方がええんとちゃうか?」と言われ、中学時代とは別の塾に入った。
しかし今度は思うように成績が上がらなかった。勉強をしているつもりではあるが、模試の結果がよろしくない。12月になり、周りの友人は第1志望からC判定などを取っている。対して私はE判定。さすがにその日の帰り道は悔し涙が止まらなかった。何度も読んだ大学のパンフレットを読み返して、なんとか元気を貰う。いつになったら終わるのだろうと、後期試験に向けての勉強をしていた矢先に、合格通知を頂いた。塾の先生へ報告に行くと、これまた大変喜んでくれた。調子に乗った私は、「ぼくの名前も壁に貼り付けちゃってください!(その塾では合格者の名前と“難関”大学名が教室の壁に貼られている)」と言ってしまった。今考えると、非常に恥ずかしい。大学進学を機についに!大阪への進出を果たす。大学2回生の夏、あるスタディツアーでお世話になった、生野区で活動する退職教員の先生からクロスベイスを紹介され、今日までお世話になっている。
昨年の5月に中学3年生の男子、9月に同じく中3の女子を担当に持った。男子は必要以外を口にすることはなく、こちらから話しかけないとほとんど会話はない。賑やかな教室の中で、私たちの空間だけ静寂に包まれていた。完全に浮いている状態ではあったが、そこで盛り上がる会話をするなんて芸当を持ち合わせているわけでもない。無理に話をする必要もどこにもない。そこで、気になることをちょくちょく話しかけながら、静かな勉強の時間を過ごしていこうという考え方に変わっていった。慣れてくると不思議なもので、静謐が心地良くなり、その平和的な1時間30分を与えてくれる彼が尊い存在に思えてくるのだ。学校やアルバイトで追われてしまっている生活から、一旦気持ちを落ち着かせてくれる時間となっていった。
女子は反対によく喋る。その9月まではふたりだったせいもあるのかもしれないが、雑談の多さは少し驚くほどだった。イマドキの女の子エネルギーを浴び、まだまだ自分も若いんだから会話についていけないはずがない、と負けじとついていこうとした。しかし、ベビタッピ!!やはやりのティックトッカ―を出されると、教えを請うことしかできない。着々とおじさんに近づいているのだ。
ふたりを同時に見ていると、あたふたすることもあった。一方との会話にかかっていると、もう一方は放っておくことになる。そのバランスを修正しようとすると、一方の会話はおざなりになってしまう。男子とは授業中ほとんど勉強のことのみになり、疎外感を感じてはいないかが心配だった。そんなことを感じさせてしまうことは、講師として敗北を意味する。ましてや勉強だけじゃないことを大切にしているクロスベイスでは、あってはならない(極論すぎるか)。
しかし、おそらく私の心配は全くの杞憂だったのだろう。彼は黙々と、時々船をこぎながら問題を解いている。日を追うごとに宿題の量は増え、全てこなして次の週に持ってくる。勉強に対するやる気が5月の頃とは全く違うのだ。遅れた勉強の分を取り返そうとしたためだろうか。または決めた志望校にどうしても入りたかったからだろうか。いずれにしろ、目を見張るような成長が見られることは、講師冥利に尽きるのかもしれない。
受験が近づき、彼らの勉強に対する取り組みに拍車がかかる。女子のほうは苦手な英単語を覚えるためにスマホのホーム画面を英単語だらけにした。毎週ささやかな単語テストも行った。次第に雑談の時間も短くなり、勉強に集中するようになっていく。寝不足が続いていた彼女には、ちゃんと寝てほしかった。だが、中学生の睡眠なんて足りないくらいでちょうど良いと思う自分もいる。体調だけは崩して欲しくなかったので、同情を装いながらさりげなく忠告していた。
合否報告の日、コンビニで300円くらいのショートケーキを2つ買った。祈りをこめて。そして、ふたりとも無事合格。今まで隣で受験に挑む姿を見てきたからだろう。こんなに嬉しいことはないと、本気で思った。ケーキを渡すと、彼らの少し恥ずかしそうにした笑顔が、今も目の奥に残っている。ああ、こういうことなのか、と私の通っていた塾の先生の喜びに初めて納得がいった。
今は、中学1年生と2年生を受けもっている。また違う彼らと過ごす時間は、やはり平和で安心できるものだ。ちょっとだけ欲を言うなら、またあのときのような感動を味わうことができればいいのかなと思う。そうなれば、子ども達も成績が上がっているということだから、ウィンウィンだしね。なんなら、この文章も読んでくれていたら良いよね!