クロスベイスに関わる人のコラム「交差点。」vol. 6
弘本由香里
大阪ガス エネルギー・文化研究所 特任研究員
クロスベイス アドバイザー
クロスベイスに集う人の歩みや思いを届けるコラムシリーズ、「交差点。」です。
クロスベイスのアドバイザーを仰せつかっております、弘本由香里(ひろもとゆかり)と申します。代表理事の宋悟さんと、15年来くらいの友人です。といっても、クロスベイスでは、ほとんど姿の見えない新人のままで恐縮しています。そして、厚かましくもこのコラムでデビューさせていただくこととなりました。
ということで、平凡ですが自己紹介から。私は18歳までほぼ山口県の岩国市というところで過ごし(一時広島市周辺でも暮らし)、関東地方の大学に行って現代美術をかじりました。卒業後東京で数年展覧会やイベント運営の事務局などの仕事をしてから、20代半ばで思い切って関西に移り住みました。
大学で現代美術を学んでみようとしたのはなぜか。想い返せば自分自身の思春期の体験で、絵を描くことや美術室の存在に救われた実感があって、人間の表現と自己肯定や、個の表現と社会の関係に無意識のうちに興味を抱いていたのでしょう。20代半ばでの関西への移住は、バブル全盛に向かう東京で消費文化に翻弄されることに疑問を感じて。消費に終始しない仕事を自分なりに探したいと思ったときに、歴史の交差点ともいえる近畿の風土に心動かされたせいでした。
関西に来て数年目、転機となったのはある古い住宅雑誌との出会いでした。バブル経済の真っ只中、住宅の商品化が猛烈に進み、取り残されたような雑誌に私は興味を覚えました。その前身は大正時代初期に東京で生まれ、日本の住宅の近代化を進めるために民間の住宅会社が発行したものでした。戦争で休刊したものの、昭和21(1946)年にある関西人が志を引き継いで誌名を改め、大阪で復刊。戦後復興の昭和を経て平成へ、時代の波が大きくうねり社会が変貌するなかで、住まいの改善という真面目なテーマを追い続けた雑誌でした。私は偶然の巡り合わせで、編集員の一人としてその雑誌の最期を看取ることになったわけですが、それは一つの時代を看取るに等しい出来事だったのかもしれません。非力な私の身に余る課題ですから、今も宿題を鞄の隅に残したまま生きているような気がしています。不思議なことに、その雑誌がなくなって後も、そこから派生する有形無形の縁に支えられて仕事をしていくことになりました。
現在所属している研究所との縁もそうですし、大阪市の住まい・まちづくりの情報提供や、住まいと暮らしのミュージアムの立ち上げに携わったのもそうです。近世・近代の大阪を支えた長屋文化の層の厚さ、その多くが失われたものの、時を経て見直され、2000年代に入って芽生えてきた長屋再生の動きにも目を向けました。異なる価値観を受容して、人や地域のエンパワーメントにつながる可能性を持った資源として、歴史とともに紹介する『大阪 新・長屋暮らしのすすめ』という本を出版したり。
ちょうどその頃、大阪・上町台地界隈で、バックグラウンドの異なるさまざまなまちづくりのキーパーソンをネットワークする動きも生まれてきました。メンバーには、伝統的な地縁組織をベースに地域の新たな課題に向き合っている方、アートや宗教を通して個人と社会の軋みに向き合っている方、地域資源の再生によって価値の転換に取り組む方、当事者による多文化共生のまちづくりに取り組む方、さまざまな問題意識や方法論を持った面々が交わる機会になりました。そこで出会った方々ともに出版したのが『地域を活かすつながりのデザイン~大阪・上町台地の現場から』という本。共著者の一人が、宋悟さんです。
生野コリアタウンは上町台地の東に広がる歴史の沃野です。数々の出会いを通して、たくさんのことを教えていただいています。そして、私はこの数年『上町台地 今昔タイムズ』という小さな壁新聞をつくっています。コンセプトは、過去と現在を行き来しながら未来を考えること。クロスベイスにもお届けしていますので、ご休憩の折など、ちょっとご覧いただけるとうれしいです。
頼りない私ですが、クロスベイスから届いてくる声に、耳を傾けて学んでいければと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。